【ネタバレあり】登場人物紹介

熱血漢の宇喜多秀家

2016/09/14



真田丸第25話「別離」で初登場し、少しづつ存在感を増してきた宇喜多秀家(うきたひでいえ)。演じておられるのは元男闘呼組の現在は俳優の高橋和也(たかはしかずや)さん。

 

真田丸では秀吉に迷うことのない忠誠を尽くし、熱血で濃いキャラから「大坂城の松岡修造」とも噂される熱血漢「豊臣の貴公子」宇喜多秀家(・∀・)

⇒ 宇喜多秀家役は高橋和也さん

 

↑にも書きましたが、宇喜多秀家の前半生はとても恵まれていて「王子様」的なイメージがあります。容貌も「イケメン」だったそうです!

 

宇喜多秀家の豊臣秀吉の絶対的な忠誠心は何処からきたのでしょうか?

 

【黒い実父、宇喜多直家】
正々堂々、真っ白なイメージがある真田丸の宇喜多秀家。しかし実父の宇喜多直家(うきたなおいえ)は「斎藤道三」「松永久秀」と並ぶ三悪人のひとりとして数えられたり、「毛利元就」「尼子経久」と共に中国地方の三大謀将と言われたり、なかなかに黒い人。

 

生い立ちが秀家と真逆ですからね。
直家の祖父は浦上家の権力争いに巻き込まれ直家がまだ幼い時に亡くなり、その後各地を父とともに放浪し、のし上がった戦国大名。直家の父、興家(おきいえ)も祖父、能家(よしいえ)も誠実な人柄なので、直家はハードモードの生い立ちから「黒い人」の人格形成が出来上がったのかもしれません。

 

ただ家臣は大切にしており、信仰心も厚かったと伝わり、宇喜多秀家の父、直家もなかなかに興味深い人物です。

 


2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」では俳優の陣内孝則さんが宇喜多直家役をしており、記憶にある方も多いと思います。

 

直家は中国地方に進出してきた織田信長の家臣の羽柴秀吉の仲介で織田家と手を組み、毛利家と対立します。宇喜多直家は秀吉に忠実に仕えた様です。しかししばらくして病で亡くなります。その時、宇喜多秀家はまだ11歳。

 

宇喜多秀家(うきたひでいえ)は秀吉のもと中国遠征に加わり、その後も若い頃から秀吉の采配と戦いを見ながら育ちます。

 

【母の円融院】
一説には豊臣秀吉の愛人、側室だったと噂される宇喜多秀家の母、円融院(えんゆういん)。宇喜多家の領地「備前岡山」は中国地方の覇者、毛利家の鼻先です。夫の宇喜多直家が亡くなった時、嫡男の秀家はまだ幼く・・母親なら織田軍の中国方面の責任者、羽柴秀吉に信念を持って媚びへつらうでしょう。

 

吉川広家に愛された正室、容光院(ようこういん)も円融院の娘です(秀吉の養女)。どちらも美女の誉れ高い人物。弟の宇喜多秀家もイケメンだから美家族ですね!

 

【妻は秀吉の愛する養女】
宇喜多秀家(うきたひでいえ)の正室は豊臣秀吉と寧(ねい)の養女、豪姫(ごうひめ)です。養女って名前だけ貸して他家に嫁がせるなど政略結婚の道具の場合も多いですが、豪姫は赤ちゃんの頃から育てられた豊臣秀吉と寧(ねい)の愛娘です。実の父母は前田利家と正室のまつ。一説には子供のいない寧(ねい)に友人夫婦の前田利家とまつが授けたとか。

 

秀吉には実の娘はいなかったから、秀吉の実質のひとり娘と言っても良いのではないでしょうか。その夫に選ばれた秀家への秀吉の寵愛ぶりもわかりますね。

 

秀家と豪姫はとても仲が良かったそうですよ。
金銭感覚は皆無で家臣たちは苦労したそう(笑)

 

美女とイケメン、スーパーお姫様と王子様。
二人の間には3男2女が生まれます。

 

【自分自身も秀吉の猶子】
言うまでもなく「秀家」の秀は「秀吉」の秀。宇喜多秀家は秀吉の猶子で、元服の時は秀吉が烏帽子親(えぼしおや)になっています。

 

 

幼い頃から幾重にも秀吉との絆で結ばれた宇喜多秀家
その忠誠心はこういった絆から育まれたんですね

 

【真田丸第25話「別離」】
真田丸第25話で初登場。豊臣家一門として豊臣秀次、豊臣秀俊(のちの小早川秀秋)らと集い危篤の鶴松を心配する。

【真田丸第26話「瓜売」】
真田丸では(たぶん)有働さんのナレーションも無かったですが、実は宇喜多秀家は唐入り(文禄の役)の総大将でした(笑)
↓やる気みなぎる熱血漢、秀家。

【真田丸第27話「不信」】
「能」を豊臣秀次、豊臣秀俊(のちの小早川秀秋)らに教える宇喜多秀家。
熱血指導です!「腰を据えて、腹に力を入れろ!踵から押し出~す!」


めちゃ能が好きな秀家。

 

【豊臣秀吉死後は?】
家臣同士の争い「宇喜多騒動」が発生、結果的に宇喜多家の弱体化、家康の増長を生む一因に・・

【関ヶ原に戦いでは副将】
1600年の「関ヶ原の戦い」では西軍の副将。兵力17000人で西軍主力軍として熱血に奮戦。しかし・・

【きっ、金吾・・?!】


NHKの真田丸公式サイトに「関ヶ原で副大将として奮戦するも、裏切った小早川秀秋の攻撃を まともに受ける。」 とあります、小早川秀秋は真田丸で秀家に「能」を教わっていた豊臣秀俊ですね。 金吾、お師匠様になんて事を!Σ
小早川秀秋の攻撃で宇喜多軍壊滅・・(;´∀`)ウハァ

 

↓やはりこの発言が駄目だったか・・

【頑張った宇喜多秀家】
関ヶ原の戦い当日、宇喜多秀家軍17000人は西軍の真ん中に陣を張り、開戦したAM:8:00からずっと対戦。「豊臣は俺が守る!」の気合が感じられます。さすが熱血漢!副将として大坂城5人衆の一人、明石全登軍8000人が従っています。

 

4時間あまり必死に戦い、流石にヘロヘロになってきた宇喜多秀家軍。

 

その時小早川秀秋の寝返り!

 

大谷吉継軍に襲いかかったあと、中央にいる宇喜多秀家軍に矛先を向け・・「金吾?!金吾~~!!」

 

宇喜多秀家軍壊滅・・

 

秀秋酷いΣ(;´∀`)

 

⇒ わかる関ヶ原の戦い!エグスプロージョンと布陣動画

 

【関ヶ原の戦い後の宇喜多秀家】
宇喜多秀家軍壊滅のあと秀家は数人の家臣らと敗走。しかし逃亡でも宇喜多秀家は根性をみせます。伊吹山で石田三成や西軍武将達が逃げ込み次々捕まる中、秀家は落ち武者狩りの矢野 五右衛門(やの ごえもん)という武将に気に入られ、かくまわれることに!追っていたお巡りさんに匿われる様なものですね・・

 

この矢野 五右衛門さんが凄く有能!秀家を約40日間自宅に匿ったあと、秀家の妻・豪姫が実家である大坂の前田屋敷に居ることを突き止め、変装させ数ある検問もうまく突破し大坂まで秀家一行を送り届けます。有能過ぎ!

 

大坂の前田屋敷で秀家は愛妻・豪姫と再会。ここで数日間過ごします。この間に豪姫はのちの伏見宮貞親親王の正室となる冨利姫を宿します。宇喜多秀家、生命力強すぎ!(笑)

 

その後、船に乗り薩摩の島津家で匿われ約2年鹿児島で過ごし(その間にも琉球を攻めようと島津に提案、琉球を自分の領地にしようとしたらしい。アクティブ・・)

 

島津が家康と和睦したため、秀家は徳川に引き渡され、前田利長や島津の助命により、まず久能山に送られのちに八丈島へ息子達と共に流罪となりました。

 

【八丈島の流人生活】
宇喜多秀家はのどかな八丈島で魚釣りなどしながら50年以上流人として過ごし、結果的に関ヶ原の戦いに参加したどの武将よりも長生き します。享年84歳。関ヶ原の戦いには負けたけど勝ち組だ!真田信之お兄ちゃんには負けるけど(お兄ちゃん享年93歳w)

 

息子・宇喜多秀高は八丈島の代官の娘と結婚、流人だけどセレブだ~。豪姫の実家である前田家は明治維新まで宇喜多(名前あらため浮田)を援助し続けました。
豪姫とは流罪の後は会えずじまい、秀家も豪姫もずっと再会の機会を待っていたでしょうね。そこは凄く可哀想ですね・・

最後までお読み頂きありがとうございました

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