キャスト紹介

明石全登役の小林顕作さん

2016/12/17



明石全登の生涯と最期は?キャストは「呼んだ?」のオフロスキー小林顕作さん。キリシタン大名として知られ、幸村(信繁)と共に大坂の陣で戦う「大坂城五人衆」のひとり。関が原の戦いでは宇喜多秀家の重臣として一緒に戦った明石全登。

明石全登の読み方は?

明石全登の読み方は真田丸では(あかし てるずみ)。他の読み方では(あかし ぜんとう)とも伝わります。別名は明石守重(あかし もりしげ)。またキリシタン洗礼名から(あかし じゅすと)とも。なにそれカッコいい

 

通称は明石掃部(あかし かもん)それもなんだかカッコいい。明石全登のお母様の洗礼名はモニカ。それもカッコいい!(笑)明石全登さん一家はみんなキリシタンでした。

 

お顔をみるととても善良そうな明石全登さん。よく見ると十字架を首からさげていらっしゃいます。素朴な木製の十字架で好感が持てます。

 

宇喜多家の家臣で親族

明石全登は宇喜多秀家の家臣で、親族でもあります。宇喜多秀家の父・宇喜多直家の異腹の妹が明石全登の母。そして正室は宇喜多直家の娘宇喜多秀家の姉妹です

 

ですので宇喜多秀家と明石全登は固い絆で結ばれ・・と普通は言いたいところなんですが、パッパの宇喜多直家さんは謀将として名高い人で、婚姻関係を結んでは時期をみはからって相手武将達を亡き者にしていた人なので・・なんだかよくわかりません(汗)

 

宇喜多秀家は誠実な人柄ですし、子供の代になってからはそんな事無いと思うんですけどね。

 

幼くて家督を継いだ宇喜多秀家に良くしてくれた叔父も実の兄・宇喜多直家の前では着衣の下に鎖帷子を着ていたそうです(;・∀・)

 

ともあれ宇喜多直家が亡くなったのち、秀家は豐臣秀吉に可愛がられ烏帽子親にもなってもらい、秀吉の可愛い娘・豪姫(前田利家、まつ夫妻から貰った養女)の婿として豊臣政権で重用されました。家臣の明石全登も豊臣政権下で厚遇され、秀吉の直臣となり、所領と従五位の位も授けられます。

 

関が原の戦いでは

二人は関が原の戦いでも正々堂々、西軍の真ん中に陣取り朝一番から戦いました。しかし小早川秀秋の裏切りにあい宇喜多秀家隊壊滅。明石全登は殿(しんがり)をつとめ、主君・宇喜多秀家を逃します。そのあと岡山城で落ち合うはずが会えなかったんですって(涙)

 

⇒ 裏切り者小早川秀秋の最後

 

真田丸37話「信之」では小早川秀秋が白昼夢を見て、宇喜多秀家と明石全登、毛利勝永の亡霊に襲われていましたが

⇒ 小早川秀秋の白昼夢

 

実際は3人とも生きていて、明石全登、毛利勝永は大阪の陣で信繁と共に戦い、宇喜多秀家は八丈島に流され、50年以上生き続けます。


宇喜多秀家さん八丈島から泳いで戻ってきて欲しい(彼のパワーなら出来そうw)

関が原の戦い後の牢人生活

関が原の戦いから大阪の陣まで約14年の牢人生活の間、明石全登はどうしていたのでしょうか?

 

一説では同じキリシタン大名の黒田官兵衛(黒田如水)と弟の黒田直之に庇護され暮らしていたといわれています。黒田官兵衛のお母さんは明石家の出と言われていますし。

 

NHK真田丸公式サイトでは真田信繁より早く大坂に参陣、豊臣秀頼の使者として九度山に蟄居していた信繁を大阪城に招く役目として紹介されていました。

関が原の戦い前の、宇喜多秀家のもとで働いていた初登場の明石全登さんと、信繁(幸村)を九度山に迎えに来た全登さんの印象は全然違うイメージでした。イメチェン?14年間の牢人生活で苦労されたのでしょうか?ちょっと影をまとった感じで前よりイケメンに。ポンチョが素敵です♪


なんやかやいいながら団結してきた大坂五人衆が嬉しい♪

大河ドラマ真田丸「大坂の陣にて」

明石さんの参陣理由

明石全登さんの大坂の陣に参陣の理由はキリシタン禁止令を出した徳川ではなく、豊臣を勝たせて「キリシタンを増やすこと」。


えっ、わざわざ真田幸村(信繁)を九度山まで迎えに来たのに?w豊臣への忠誠心は薄そうな明石全登さん。ま、主はイエス様ですからね。やはり、以前の明石全登さんよりダーク寄りになった気がします。苦労したんですね・・


明石全登の兵は皆キリシタン。

 

主への祈りを捧げる明石全登さん(声がうるさい)

後藤又兵衛にバテレンさんと呼ばれています(笑)

明石全登の最期は?


塙団右衛門(ばんだんえもん)の夜うちに加わらなかった明石全登。参加した人はうっぷんを晴らしたい人達だったから明石さんにとっては至極当然ですね。モリチー(長宗我部盛親)も基本争いは苦手みたいだし。

 

木村重成くんは先輩についていった新入社員?真田幸村も大蔵卿局や織田有楽斎とのやり取りで疲労していたから鬱憤を晴らしたい組ですね。超やる気だったのは後藤又兵衛と毛利勝永。

 

真田丸49話まで、あまり明石全登の戦いのシーンは出てきませんでしたね。真田丸の戦いでも他の場所を守っていて活躍しませんでしたし。後藤又兵衛と一緒に戦った道明寺の戦いぐらいでしょうか。

 

慶長20年(1615年)5月6日の道明寺の戦いでは後藤又兵衛亡き後、ドラマ真田丸では誉田の幸村の陣まで帰ってきていましたね。この戦いで明石全登は負傷した様です。しかし翌日5月7日の天王寺・岡山の戦いにも参加しています。

 

豊臣方が壊滅していく中、明石全登は敵軍を突破し離脱、消息は途絶えます。

 

明石全登は行方不明に・・

明石全登は豊臣方の最期の戦い、天王寺・岡山の戦い以後、消息は途絶え行方不明となりました。その夜には大坂城は燃え上がりもう勝敗は決したので・・明石全登さん無事逃げて!と祈るのみですが真田丸ではどう描かれるでしょうか。

 

同じキリシタンの真田幸村の「側室たか」がちょうど堺に居て、ルソンに連れて行ってくれないかなぁ、キリシタン安息の地へ・・と思いますが、関ヶ原の戦いでも、大坂の陣でも果敢に戦った武将ですからね・・やはり最期まで命尽きるまで戦って何処の誰ともわからない姿となって亡くなったのではと思います。とても悲しい最期ですが。

 

元国際連合事務次長の明石 康(あかし やすし)さんは明石全登の子孫と云われています。

 

明石全登役の小林顕作さんはオフロスキー!!


明石全登を演じるのは小林顕作(こばやしけんさく)さん。1971年東京と出身。NHK教育テレビの子供番組「みいつけた!」の「オフロスキー」役で人気の小林顕作さん。明石全登とは印象が全然変わりますねぇ(・▽・*)

 


「みいつけた!」の「オフロスキー」役で人気の小林顕作さん。番組内で楽しい歌と踊りを披露下さいますが、その作詞・作曲も手がけることがある小林顕作さん。

 


「だだ、だららら♪らら♪~~~呼んだ?!呼んだよね!」(笑)オフロスキーと戦国武将の明石全登とはキャラ的に全然違いますが、なんだか「なごむ~」雰囲気は同じかも!無理くり・・ですか?w

 

小林顕作さんは1996年から劇団宇宙レコードを主宰。全ての脚本・演出・主演を担当されています。マルチな才能の方ですね!

 

2016年12月8日 ~25日の舞台版「パタリロ!」で小林顕作さんは演出を担当されています。パタリロ役はなんとすえちゃんの旦那さんの石合 十蔵役をされた加藤 諒 (かとう りょう)さん。パタリロにこんなに似てるなんて(;・∀・)


大阪城五人衆とのやりとり毎回とても楽しみです♪小林顕作さん明石全登役、頑張って下さい!


-真田丸キャスト紹介-
【小林顕作さんプロフィール】
配役:明石全登
本名:小林顕作
生年月日:1971年(昭和46年)4月9日
出身地:東京都
学歴:日本大学芸術学部卒業
事務所:grato(グラート)
ダンスカンパニー:コンドルズ所属

 

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