歴女日々ブログ♪

茶々の衣装綺麗!華やかな秀吉の桃山文化

2016/08/01



主人公・真田信繁は舞台が大坂に移り、 信濃とはまた違った苦労をしていますが・・豊臣の世の大坂、大坂城、華やかでセットも衣装もとても素敵ですね!

 

この衣装好きだなぁ♪

茶々の衣装、なんて華やかで綺麗なの。
竹内結子さんの魅力をさらに増していて、輝くばかりの美しさ。

秀吉の衣装も素敵ですね!

 

このパッチワーク柄(?)の衣装良い~♪
茶々の打ち掛けも良い~♪

秀吉は派手好きで知られていますが、
センスは悪くないと思いませんか?


現存する秀吉の衣装を拝見しましたが、
なかなかのセンス!

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現存する秀吉の衣装秀吉着用と伝わる陣羽織(高台寺蔵)

↓なんて華やかなお部屋なのかしら♪
今はこんな派手派手な襖のお宅って見ないですよね?(笑)高級住宅や高級旅館にはあるのかしら?

 

模造品であっても、現代でもこういうお宅があって良い筈。家康くんは質素がお好きで徳川時代になるとあまり華美にするのは避けられる様になり、質素が美徳の様に日本の文化として定着していますけど、一方でこういう華やかな日本文化が現代でもあって良いのでは?と思うのです。


茶の湯も「金の茶室」に代表される様に秀吉の茶の湯は派手だった様です。真田丸16話「表裏」で「九州から続々と大名の家族達が来る」と秀吉が正室・寧(ねい)に九州から来る戦国大名の家族を接待してくれと頼んでいましたが、 秀吉自身、派手な衣装と高価な茶器で、賑やかで楽しい会話で来客に茶を振舞ったそう。

 

利休の侘び寂びの茶の湯も良いけど、秀吉の派手派手茶の湯も今に残っていて欲しかった。秀吉の時代の「桃山文化」を考えると、日本文化ってけして地味ではないんですよね。


現代に残る桃山文化の香りをご紹介♪
毎年4月の第二日曜日に行われる京都醍醐寺の「豊太閤花見行列」の様子。


慶長三年(1598)三月十五日。秀吉の晩年に行われた「醍醐の花見」の様子を再現しています。秀吉は醍醐の花見を行うため、何度も醍醐寺に下見に行き、三宝院の建物の造営、庭園の改修をおこない、700本の桜を植えました。


「醍醐の花見」の出席者は嫡子・豊臣秀頼と茶々(淀)。正室・寧(ねい)、側室の京極竜子、三の丸殿、加賀殿、前田利家とその正室・まつ、小野お通など。秀吉の近親者および1200人にもなる女房達も参加した盛大な催しでした。


醍醐三宝院の建物と庭は今も現存しています。
また醍醐の花見の時に読まれた歌も醍醐寺霊宝館で展示されています。(展示期間はご確認下さい)


私、らぶりぃは醍醐寺さんに少しゆかりがあって小さい頃から時々お参りさせて頂いています。広い寺域はとても落ち着きますし、桜の季節はそれはみごと・・♪

さてこちらは吉野です。
一目で千本の桜を見る事が出来る「一目千本」。秀吉は吉水神社(よしみずじんじゃ)からの景色に「絶景じゃ」と大喜びしたそうです。


後醍醐天皇が吉野に南朝をひらいた時にはこの吉水神社の前身である、吉水院(よしみずいん)に皇居がありました。後醍醐天皇の玉座があった書院は桃山時代に秀吉によってリフォームされています。豪華な黄金のお部屋、桃山文化の書院造りです。障壁画は狩野永徳の作品です。


1594年(文禄3年)、太閤秀吉が5000人のお供を引き連れ、吉野で盛大な花見をした時に吉水院(現在の吉水神社)に数日の間滞在しました。ここでお茶の会、お能の会、歌の会をひらき吉野の桜を楽しみました。


真田丸では北野大茶会、吉野の花見、醍醐の花見など、秀吉のおこなった盛大な催しが描かれるでしょうか? 信繁は秀吉の警護役、馬廻衆・黄ほろ隊に入隊したので秀吉のお側近くにいたと思うのですが(・▽・*)

 

醍醐の花見で秀吉が詠んだ歌

「深雪山帰るさ惜しき今日の雪
花のおもかげいつか忘れん」
吉野の花見で秀吉が詠んだ歌

「年月を こころにかけし吉野山
花の盛りを今日見つるかな」

 

秀吉は酷いおこないも沢山していますし、酷い人ですが(苦笑)華やかな桃山文化の立役者としての秀吉は評価せざるおえません。

 

ちなみにちょっとわき道にそれますが秀吉の直筆の書の腕前はなかなかのものです。百姓上がりで・・とよく言われる事ですが、秀吉の書は他の武将に引けをとらない立派なものです。
幼い時に義理父と折り合い悪く、家を飛び出しそれから働きづめ、織田信長の家臣となってからは戦いづめの秀吉が不思議ですねぇ。のびのびとした書で書道家からも評価を得ています。

 

真田丸でも活躍中の加藤清正(俳優:新井浩文さん)の熊本城。

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先日の熊本地震で相当な被害が出た様で心配しています。加藤清正が築城して400年以上、当時の熊本城にしようと「熊本城復元計画」がおこなわれている途中だったと思うのですが(>_<。)

 

私は一昨年熊本を旅行した時に復元された本丸御殿を拝見したのですが、それはみごとな桃山文化の御殿でした。さすが秀吉を親父と慕う加藤清正の居城。


復興を心からお祈りしています。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

⇒ 真田丸第15話「秀吉」感想

⇒ 秀吉の妹・旭、家康の2人目の正室に

⇒ 黄昏、秀吉の最後

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