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上杉景勝と直江兼続が敵に【残念なお知らせ】

2016/12/04



大坂冬の陣にて上杉景勝が敵武将、真田幸村に「日の本一の兵!!」と叫ぶ。その賞賛の声は日本全国に拡がり幸村を英雄に押し上げる?

 

真田信繁(幸村)がお館様と慕う、上杉景勝とその重臣・セコム直江こと直江兼続。1614年(慶長19年)大坂冬の陣の時点で残念ながら豊臣家の敵です。上杉家は徳川の味方なのです。【残念なお知らせ】と2chねる風にくくってみました( ;∀;)

上杉の戦い

かつて上杉景勝様は石田三成にこう申されました。


景勝:「徳川家康はわしが倒す」

 

そして直江兼続は「直江状」を送り、家康を挑発

⇒ 直江状


それがどうしてこうなった~

上杉景勝の中の人、迷う

上杉景勝の中の人、遠藤憲一さんが直江兼続さんの中の人、村上新悟さんにこう聞かれたそうです「村上くん、今どこにいるの?」と。お、お気持ちわかります。。真田丸では上杉家の部分、さらっと流されすぎて状況がわからなくなった視聴者さんも多いのではないかしら?

上杉景勝は豊臣秀吉の生前に移封を命じられ越後から会津120万石へ。そして秀吉が亡くなると豊臣筆頭大老という地位を利用して傍若無人に振る舞う家康に対し反発し、上洛の要請などを拒否。その為会津討伐(上杉征伐)が行われ・・関が原の戦いの後、米沢30万石へ移封となりました。

 

悔しい!!タイミング合っていれば石田、上杉、真田連合軍で徳川家康を追いつめられたのに~

上杉の苦難の道~徳川の家臣として

上杉家は会津征伐以降、石高を4/1に減らされ、しかし家臣をリストラする事はなく上杉家臣皆で米沢に移動、苦難の道を歩みます。 いつの間にか徳川政権下に組み込まれ徳川の臣下に。。

 

そして徳川の命により大坂冬の陣に出陣。戦が始まれば上杉謙信公からの、武力数値の高さの為かつい活躍してしまう上杉家。

 

すまぬ、源次郎。。


景勝様のお声が聞こえてきそうです。

 

景勝様の重臣・セコム直江は家老としてもう少し冷静に「徳川政権下」での上杉家地位向上のため武功をあげつつ真田幸村(信繁)を心配するという立場にいるかも?


かつて主君とした豊臣家の本城・大坂城を包囲し、戦いに巻き込まれる上杉家。

 

史実:大坂冬の陣にて

大坂城北東の「鴫野の戦い(しぎののたたかい)」では早々に敵方の豊臣方武将を蹴散らし中洲を占拠。大野治長らが反撃してくるも返りうちにし撃退。

 

北で戦っていた徳川方・味方の佐竹軍の救援要請を受け、後藤又兵衛と木村重成を攻撃、大坂城に引き返えさせます。お館さまそんなに活躍しちゃ駄目ぇ・・!でもさすがお館さま。さすが上杉。

⇒ 秀頼の腹心、イケメン若武者の木村重成

 

史実:大坂夏の陣では

上杉景勝は大坂夏の陣には参加せず、京都警護を任されました。

 

幸いなことに源次郎(幸村)と直接対決はなかったようです。敵味方は辛すぎる~。真田丸では何処かの機会にもう一度上杉主従と源次郎(幸村)の再会があればいいなと思います。

幸村(信繁)と景勝&兼続の再会は?

真田丸43話「軍議」で大坂五人衆のひとり、毛利勝永に大坂へ参陣した理由を聞かれて「よくわからない」と言った真田幸村(信繁)。

 

ええ~、幸村(信繁)は上杉景勝から「義」を教えられ、豊臣秀吉への「義」から大坂の陣へ参陣を決意したと思っていたのですが違うんですかね?

 


昔の好敵手も次々と去り、白髪混じりの年齢でまだまだ上杉の為に奮戦する上杉景勝と直江兼続主従。嬉しくもあり切なくもあり・・真田丸では二人をまた見れて嬉しい!

 

源次郎が尊敬する上杉景勝と叔父上・真田信尹(キャスト:栗原英雄さん)は源次郎に以前「私のようにはなるな」と言いました。立派に成長し戦い「日の本一の兵」となる真田源次郎幸村をぜひ褒めてあげて欲しい・。

 

上杉景勝と直江兼続は真田幸村の人生を知り、敵となりつつも人生の最後を見届ける数少ない貴重な人々なのです。

 

追記①伊達政宗に源次郎の事を告げられる

真田丸44話「築城」にて遂に幸村の敵、徳川方として参陣した上杉景勝様と直江兼続。景勝様の瞳がウルウルしっぱなしで・・。


となりの伊達政宗(キャスト:長谷川朝晴さん)が家康に「大御所様のお召しとあればこの伊達政宗、どこへでも参上つかまつる!」とか言って相変わらず安定の調子良さ。

 

真田丸では描かれなかったけど東の関ヶ原の戦い と言われた「慶長出羽合戦(けいちょうでわかっせん)」で敵として戦った伊達政宗と上杉景勝様が、徳川の陣で並んで座っているのも不思議な感じです。

 

伊達政宗の話から真田幸村が大坂城に参陣したことを知り、狼狽の表情が隠せない景勝様。「愚か者ですな」と源次郎を呼ぶ伊達政宗。

 

⇒ 伊達政宗、幸村を愚か者と呼ぶ

 

いつの間にか徳川の家臣として徳川の陣に加わっている自分と、義を貫き大坂城に参陣した源次郎。。「源次郎すまぬ・・すまぬ」景勝様の表情からは源次郎(幸村)への申し訳無さと、胸が張り裂けそうな想いが読み取れ、私も胸が痛くなりました( ;∀;)

 

追記②景勝様叫ぶ、日の本一の兵!

陰険極まりない狸オヤジとなった徳川家康(キャスト:内野聖陽さん)。大坂冬の陣にてなんと「出城真田丸」攻めを上杉軍に命令。その上、幸村の甥の真田信吉の軍にまで命令。酷い~家康ひどい~。


しかし、早めに情報を得た真田幸村は徳川軍が攻める前に先んじて作戦を開始。上杉家と真田家と戦う事を回避しました。

 

幸村の計略はことごとくあたり、真田丸の戦いは赤備え軍団、真田幸村軍の大勝利となりました。それを自分の陣からつぶさに見ていた上杉景勝。源次郎(幸村)の見事な戦いぶりに感極まり


「日の本一の兵(ひのもといちのつわもの)!!」と叫びます。

 

これ以上の喜びはない!とでも言うような笑顔で、遠くにいる真田幸村(信繁)に賞賛を送る上杉景勝。「源次郎やったな」「あっぱれな戦いぶりじゃ!!」「まさに日の本一の兵!」その様な表情が読み取れました。直江兼続も景勝の側でニヤリと笑っています。

 

史実では上杉景勝が叫んだ事実はないけれど、大坂の陣での真田幸村の戦いぶりを見て、敵武将から「日の本一の兵」の声が上がり、幸村の武勇を絵に描かし、賞賛の文も書かれ・・現代に届くまでに真田幸村の名声を押し上げたのは他ならない敵武将達だったのでした。

最後までお読み頂きありがとうございました

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