【ネタバレあり】登場人物紹介

伊達政宗、幸村を愚か者と呼ぶ

2016/12/09



くしくも同い年の伊達政宗と真田幸村(信繁)。大坂冬の陣、開戦前の家康の陣にて政宗は上杉景勝を前に「愚か者ですな」と幸村を呼ぶ。しかしかつて「ワシだって何万という大軍を率いて敵を蹴散らしたい」と幸村(信繁)に語った政宗。

遅れてきた戦国武将・伊達政宗

その想いは?
伊達政宗を演じるのは長谷川朝晴さん


若い頃、小田原城攻めに遅参し、豊臣秀吉にあやうく処罰されそうになった伊達政宗。

 

政宗は重臣・片倉小十郎景綱(キャスト:ヨシダ朝さん)と共に秀吉と諸大名を「ずんだ餅パーリー!」にて接待し、その軽やかな掛け声とずんだ餅作りにて諸侯を圧倒、真田丸視聴者の心もわしづかみにしました。


⇒ 伊達政宗が「ずんだ餅」接待する♪

 

ずんだ餅パーリー!の夜、偶然出会った政宗と信繁はひととき語り合います。

 

伊達政宗は太閤・豊臣秀吉、大御所・徳川家康と続けて天下人に気に入られる天才的な処世術をみせました。


真田丸ではちょっと調子よくて軽い感じの伊達政宗。(それがまた良い♪)

 

10代で伊達家当主となり、またたく間に東北の覇者となりましたが、豊臣秀吉が全国を平定した為に「政宗の野望」はゲームオーバー、覇道の道を閉ざされ悔しい思いをしました。

 

「あと20年早く生まれていれば」と信繁(幸村)にも言っていましたね。遅れてきた戦国武将・伊達政宗。しかし腐ること無く天下人秀吉に頭を垂れ、気に入られたかわり身の速さは常人には出来ないあっぱれな事。

 

思えば伊達政宗、真田信之(キャスト:大泉洋さん)&真田幸村(キャスト:堺雅人さん)兄弟の世代は戦国時代も終わりに近づき、生き方も変えねばならず大変な世代でした。

 

豊臣から徳川へ

豊臣秀吉亡き後はすぐさま徳川家康につきます。自分の娘・五郎八姫(いろはひめ)と徳川家康の六男・徳川忠輝を婚約させ、関ヶ原の戦い前には北の要として最上家と共に上杉景勝&直江兼続と激突。

 

関が原の戦い以後は徳川家との絆を深めながら、料理、能、和歌などの趣味に興じ風流人としての名をあげつつ、松島の瑞巌寺を建立したり(一説には軍事要塞、出城として作られたという)、スペインに慶長遣欧使節を送ったり(スペインと仙台藩の軍事同盟が本当の目的とも言われています)戦国武将としての表裏も忘れない政宗。

 

あー、この状況書いてたらまだ「政宗の野望」降りてない、ゲームの続きしてた気がしますね。茶の湯とか文化スキルあげつつ(笑)外国まで巻き込んで「政宗の野望(世界編)」まで考えてたのでは?

 

頭も切れ処世術にもたけ、戦も上手な伊達政宗。


その政宗が旧知の真田源次郎幸村の事を「愚か者」と言った。

 

真田幸村を愚か者という

真田丸44話築城にて「集まった牢人衆の中には 真田左衛門左もいるとか」とさらっと上杉景勝様(キャスト:遠藤憲一さん)に源次郎が大坂方についたことを伝え、激しい動揺を与える伊達政宗。

 

⇒ 上杉景勝と直江兼続が敵に【残念なお知らせ】

 

さらに「愚か者ですな」と続ける政宗。

 

涙目が止まらないショック状態のお館様。
(すごく可哀想)

 


景勝様のセコム直江こと直江兼続(キャスト:村上新悟さん)は伊達政宗の事が大嫌いだったそうです。↑お館様に衝撃を与える無神経さも嫌いだったかもw

 

だけど伊達政宗は真田幸村(キャスト:堺雅人さん)を「愚か者」と言いながら、内心は(源次郎、やるなぁ)と思ってたのでは?かつて「わしだって 戦国の世に生まれたからには 何万という大軍を率いて敵を蹴散らしたい」と源次郎信繁に言っていた政宗。

馬鹿だなぁ、と言いながらも自分が出来なかった天下人との対決をあっぱれと思ったのでは?

 

羨ましいと思ったのでは?

 

伊達政宗と真田源次郎幸村は慶長20年(1615年)5月6日、大阪夏の陣「道明寺の戦い、誉田の戦い」にて敵として再会、そして永遠の別れをします。

⇒ 真田幸村と伊達政宗が激突!

 

伝説となった真田幸村

大坂の陣にて華々しい戦果をあげた真田幸村は「日の本一の兵(ひのもといちのつわもの)」として伝説の英雄となります。

 

伊達政宗とその重臣・片倉景綱と片倉重長父子は大坂の陣の後、密かに真田幸村の子供達に援助の手を差し伸べます。

 

⇒ 【ネタバレあり】真田信繁と伊達政宗の不思議な縁

 

豊臣の世では秀吉に服従し、家臣であった諸侯。伊達政宗、島津忠恒、黒田長政はじめ「真田幸村すごい!」「日の本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と広めたのは他ならない徳川方に付いた武将達だったのです。徳川家康さえ・・


それは自らは出来なかった「義」を貫いた真田幸村への心からの賞賛だったに違いありません。

 


↑秀吉の陣羽織も凄いですが伊達政宗の陣羽織も凄い・・さすが伊達男の語源。現代にあるカラフルな色合いは戦国時代から既にあったんですね。その配色の見事さに舌を巻きます。

 


伊達政宗は三代将軍家光の代まで生き、戦国時代の話が好きな家光に「伊達の親父殿」と呼ばれ尊敬されたといいます。晩年には真田信之と同じく戦国の生き字引として徳川の若い侍たちに尊敬され、徳川幕府の重鎮となった伊達政宗。

 

本当は真田幸村の生き方を「あっぱれ!」と想い、伝説の英雄となった幸村(信繁)を羨ましく思っていたのかもしれません。

 

大坂冬の陣後の大坂夏の陣では、伊達家の精鋭と真田幸村軍が激突。最後まで見逃せない真田丸です!

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